大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成元年(行コ)9号 判決 1990年5月31日

主文

一  甲事件について

原判決中第一審被告西田栄三の敗訴部分を取り消す。

第一審原告の請求を棄却する。

二  乙事件について

本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告西田栄三との間に生じた部分は第一審原告の負担とし、乙事件の控訴費用は、第一審原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  甲事件

第一審被告西田栄三

主文一項同旨

訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

第一審原告

本件控訴を棄却する。

二  乙事件

第一審原告

原判決中第一審原告の敗訴部分を取り消す。

第一審被告らは、奈良市に対して、各自金二一八万三、〇〇〇円を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告らの負担とする。

第一審被告ら

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、第一審原告の負担とする。

第二  主張及び証拠関係

一  原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

二  第一審原告の当審での新たな主張

(一)  本件の違法支出の原因は、第一審被告池田金太郎が、奈良市選挙管理委員会委員長として、同半田久一が、同委員会事務局長として、本件選挙の投票管理者などに対する指名選任をしたことに端を発している。したがって、この指名選任行為に関与した同第一審被告らにも、地方自治法二四二条の二第一項四号所定の代位訴訟の被告となる「当該職員」に含まれる。

(二)  第一審被告半田久一は、本件選挙に関し、手当として金二万一、八〇〇円を受領した。したがって、同被告は、不当利得として同額の返還義務を負担している。そこで、第一審原告は、同被告に対し、奈良市に代位してその返還を求める。

三  第一審被告らの認否

(一)  第一審原告が主張している投票管理者らの指名選任行為は、住民訴訟の対象となる財務会計上の支出行為に該らない。

(二)  第一審被告半田久一が、不当利得金返還義務を負担していることは、争う。

四  第一審被告西田栄三の当審での新たな主張

本件選挙に要した執行費用は、公職選挙法二六三条、地方財政法一〇条の四、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律一八条一項により、全額国の負担による奈良県の交付金によって賄われた。そして、その合計額は、金三八五〇万円であって、その支出明細は、別紙のとおりである。第一審原告が、本件で違法な支出であると主張している金二一八万三、〇〇〇円は、右交付金三八五〇万円から支出されたものである。

そうすると、仮に違法な公金の支出があったとしても、その損害を受けたものは、国であって奈良市ではないから、この点で、第一審原告の本件請求は、失当である。

五  第一審原告の認否

(一)  第一審被告西田栄三の当審での新たな主張のうち、その事実関係は、すべて認める。

(二)  本件選挙の執行費用は、国の交付金によって賄われたが、選挙事務は、奈良市の固有の事務であり、投票管理者や開票管理者に対する費用支弁は、奈良市の責任によって支払われたものである。

六  当審での証拠関係<省略>

理由

一  第一審原告が奈良市の住民であること、第一審被告西田栄三が、本件選挙(昭和六〇年二月三日執行の参議院(奈良県選出)議員補欠選挙)当時、奈良市長であったこと、第一審被告池田金太郎が、本件選挙当時、奈良市選挙管理委員会委員長であったこと及び第一審被告半田久一が、本件選挙当時、同委員会事務局長であったこと、以上のことは、当事者間に争いがない。

二  第一審被告池田金太郎及び同半田久一に対する本件訴えの適否について

(一)  当裁判所は、同被告らに対する本件訴えを、不適法として却下すべきものと判断するが、その理由は、原判決の理由二(一五枚目表二行目から一七枚目表七行目まで)と同一であるから、ここに引用する。但し、次の付加をする。

原判決一六枚目裏末行に「二〇万円以上である」とある次に「(本判決添付の別紙によって、報酬、特殊勤務手当、報償費の各欄の執行額がいずれも二〇万円を超えていることが看取できる。)」を付加する。

(二)  第一審原告の当審での新たな主張について

第一審原告は、第一審被告池田金太郎及び同半田久一の指名選任行為を取り上げているが指名選任行為自体が財務会計上の行為でないことは、いうまでもない。したがって、第一審原告のこの主張は、主張自体失当であり、このことのために、同被告らに対する本件請求が適法となる理由は、全くない。

三  第一審被告西田栄三に対する本件請求について

(一)  同被告が、当審で新たな主張として述べた事実については、当事者間に争いがない。

(二)  そうすると、本件選挙の執行費用は、公職選挙法二六三条、地方財政法一〇条の四、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律二条、一八条によって、国庫の負担とされており、地方公共団体には負担義務がなく、手続的には、奈良県から選挙執行委託費の名目で奈良市にその全額が交付され、それから本件選挙が賄われたものである。

(三)  ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号による住民訴訟は、当該普通地方公共団体が当該職員に対して、実体法上の損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権のあることを前提にしている。ということは、当該職員の不法行為によって、当該普通地方公共団体に損害が発生したり、当該職員の法律上の原因のない利得によって、当該普通地方公共団体に損失の生じていることが要件になる。

そうして、住民訴訟は、普通地方公共団体の財務についての不当、違法を是正する目的で特に法律によって創設された制度であるから、地方自治法二四二条の二第一項四号の損害や損失は、当該普通地方公共団体の固有財産に生じたものでなければならないことは、いうまでもない。

この視点に立って本件を観察したとき、本件選挙の執行費用は、すべて国の交付金によって賄われ、奈良市の地方税などによる固有の収入(地方自治法二二三条以下)から支出されたものではない(地方公共団体の議会の議員や長の選挙管理費用は、公職選挙法二六四条によって当該地方公共団体の負担とされていることと明らかに異なる)から、本件選挙の執行費用の支出に関して、第一審原告が主張するような損害や損失が発生したとしても、その被害を受けた者又はその損失を被った者は、いずれも国であって、奈良市でないことが明白である。

(四)  まとめ

本件選挙の執行費用の支出について、奈良市に実体法上の財産的損害や損失が生じていない以上、その損害や損失の填補を求める住民訴訟である第一審原告の第一審被告西田栄三に対する本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰着する。

四  むすび

第一審原告の第一審被告池田金太郎及び同半田久一に対する本件訴えは、不適法として却下を免れないから、これと同旨の原判決は正当であって第一審原告の本件控訴(乙事件)は棄却を免れない。

第一審原告の第一審被告西田栄三に対する本件請求は、失当として棄却を免れないから、これと異なる原判決を取り消して第一審原告の請求を棄却することとする。そうすると、甲事件の控訴は理由があることになるが、乙事件のこの点に関する控訴は理由がないことになる。

そこで、民訴法九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古嵜慶長 裁判官 上野利隆 裁判官 瀬木比呂志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例